テレビを見る視点が変わりました。

2012 12月 22 テクニック, 日記 0 コメント » このエントリーを myyahoo に追加 このエントリーを GoogleRSS に追加 このエントリーを ハテナRSS に追加 このエントリーを Livedoor RSS に追加 このエントリーを goo RSS に追加  by ザッタ

こんばんは、ザッタです。

 

100分で名著って知ってますか?
先日、Eテレでやってるの見たんですけど。

 

その番組で解説を交えて紹介されてた
フランクル『夜と霧』の中で印象に残ってメモした言葉を
抜粋して紹介しますね、僕の感想込みで。

 

考えさせられること多く、学びが多かったです。

では、ドンドン紹介していきます。

 

・人間は、目的意識を持てば単に愛したり楽しむだけでなく、
誰かのために、何かのために苦しむこともできるのです。

 

フランクルは何かのため、誰かのために
苦悩するのは真っ当であると。

 

それは、対話の中出てくるものであって
自分探しは真っ当な苦悩とは呼べないと言ってたので
「そうかー、自分探しは真っ当な苦悩じゃないのか」と
妙に自分探しは苦悩じゃないというのは納得できましたね。

 

・人と比較することで妬みやネガティブになる。

 

これは、よく言われることですけど
難しいですよね、人と比べないって。

 

比較することで頑張れるってこともありますから。

 

でも、圧倒的に人と比較することで出てくるのは
妬みなどのネガティブな感情でしょうね。

 

・苦しみを引き受けることにふたつとない何かをなしとげる
たった一度の可能性はあるのだ。

 

これは、等価交換の考え方にも近いのかなと。
何かを差し出さないと何かを得ることは出来ない。
苦しみを引き受けることなく、何かをなしとげることは出来ないと。

 

苦しみがあるのわかってる状態で
わずかな可能性にかけるというのは中々出来ることじゃないですからね。

 

・意味の喪失感、それは空虚感を伴うことがよくあるということ。

 

どういうことかというと
今や人々は基本的に何をしたいのかさえも
わからなくなっているということです。

 

社会が豊かに便利になってるのに
生きる意味が見えにくくなっていると。

 

もう現状が豊かで便利だから
これ以上豊かで便利にする意味があるのかみたいなことですね。

 

個人が自由になってる現代では
ある一定の年齢になり急に社会に放り出されて
どう生きるか自分で決めなさいって言われても
どうしようみたいな状態になるわけです。

 

まあ、社会に放り出されるまでに
どう生きるか決めないのが悪いんですけど
基本的に何をしたいのかさえも
わからないんですから、どう生きるかの
決め方なんてわからないですよね。

 

これが、ゆとりを甘んじて受けてきたツケかなと僕は感じてます。

 

・実存的緊張=本来こうありたいという自分との葛藤で苦しむこと。
これが、足りないと。

 

簡単に言うとプレッシャーが足りない、
緊張感が全然足りないということですかね。

 

そのため、そういうのに免疫がないから
ちょっとの負荷で心がポキっと折れてしまうと。

 

打たれ弱いってことですね、打たれてないから。
打たれることに慣れてない。

 

打たれるような環境に自分から行かないというのが大きいんでしょうね。

 

苦しみからの逃げ道があれば、逃げやすいですからね、人間は。
圧倒的に立ち向かっていく人は少ないでしょうから。

 

・現代社会は欲望を満たすことが幸せで、欲望を極大化させる社会である。

 

現代では、見たいものだけみてる。
テレビであれ、ネット上であれ。

 

なんせ、選択は個人の自由ですから。
目をそむけるのは簡単ですよね。

 

で、その見たいものだけ見るのが
閉塞感を作り出していると。

 

目をそむけると言う行為が、ある意味、鎖国してるのと一緒だなと感じました。
他は受け付けませんよと。

 

そうすることで、安心、安全、平和ではあるが
閉塞感を自分自身で作りだしてしまっているということですね。

 

・苦悩から逃げずに生き抜いた時、過去は
その人の人生を豊かにするかけがえのない財産になる。

 

過去をこういう風に捉えたことがないので
まだ、よくわからなかったです。
過去が財産だと思ったことがないですから。

 

比較的、僕は苦悩から逃げてきた方だと思うので
苦悩から逃げずに生き抜いた時は過去は財産と呼べるのだろうなと感じましたね。

 

・過去となったものが全て消え失せるというのは間違っている。
それは逆で過去というのは全てのことを永遠にしまってくれる金庫のようなものです。

 

これは、人によって忘れたい過去や消したい過去もあると思うんですよ。
正直、過去が消え失せて欲しいという部分があると思うので
永遠にしまってくれる金庫のようだと言われると、ちょっと嫌ですね。

 

そもそも、そんな忘れたい過去や消したい過去を作るなって話しなんでしょうけども。

しっくりこなかったので、逆に印象に残りました。

 

・人間は、人生から問いかけられているものである。
どんなに人生に絶望しようとも、人生があなたに絶望することは絶対にない。
そんな状況でも、何かや誰かのために出来ることがきっとある。
どんな状況でも人生には意味がある。
例え最悪の状態でも、それでも人生にイエスと言う。

 

ホントに自分が追い込まれてる状況でも
何かや誰かのために出来ることっていうのがあって
それを見つけて行動しろってことなんでしょうね。

 

わかりますけど、出来るかは疑問ですし
ホームレスや犯罪者の状態でその人の人生に意味があるとは到底思えないです。

 

ただ、どんな状況でも何かや誰かのために出来ることがきっとあるというのは
いい言葉だなと思いました。

 

今の状況の自分には何も出来ないということはなく
探し足りないか、こんなんじゃダメだと
勝手にハードル上げて何も出来ないと思い込んでるだけなんだろうなと。

 

 

とまあ、ここまでがEテレで見た100分で名著
フランクル『夜と霧』の中で印象に残ってメモした言葉と感想です。

 

ホント、テレビを見る視点が変わりました。

 

今まで、テレビ見ながらメモを取るなんてしなかったですし
テレビ見ながら何か学ぼうなんて意識なかったですから。

 

これは、ネットビジネス始めて少し経ってからですね。

 

思考の習慣化と知識武装しようというのを
意識するようになってからですから。

 

何気なく見てたテレビが
視点を変えることで新たな気づきや学びになるなと実感しました。

 

それではまた。

 

 

追伸
何かを見て、聞いて、読んで、体験してなど何でも良いんですが
それで自分の感情が動いた時に何で感情が動いたんだろう?ってことを考えることで
今まで気づかなかったというか考えたことがなかった新たな気づきや発見がありますから。

 

これは、1つのことを掘り下げることにも使えますので。
何で好きなのか、何で嫌いなのか、何で出来ないのかなど。

 

自分に対して何で?って突き詰めて問いかけてみてください。
そうすると、「そうか、だからか」みたいなのが出てきますから。

 

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